港北ニュータウン聖書バプテスト教会の沿革

1984年

横浜聖書バプテスト教会の伝道所として、田園都市線市が尾駅前ビルにて、「市が尾伝道所」スタート。ダビデ・フリーマン宣教師が協力伝道者として奉仕。2年後にアメリカへ帰国。神学生であった鹿毛師が働きを担当する。

 

1988年

6月鹿毛独歩師の神学校卒業後、次女永遠(とわ)さんの急性リンパ性白血病と診断され、治療がなされる。8月、集会所を港北ニュータウンの茅ヶ崎南5丁目に移転。名称を「港北ニュータウン伝道所」と改めて働きを継続。鹿毛師が専任の伝道師となる。

 

1991年

4/4鹿毛伝道師の次女永遠さん召天。8月港北ニュータウン伝道所は都筑区勝田南2丁目(現在の場所)へ移転。2年後から教会内に子供文庫「2ひきのさかな文庫」を開設する。

 

1995年9月15日教会独立

当時9名の教会員と共に横浜聖書バプテスト教会から独立し、「港北ニュータウン聖書バプテスト教会」として教会を組織する。そして、鹿毛独歩師を牧師として招聘する。

 

2008年4月

鹿毛愛喜師を青年担当、重村言葉師を児童担当の伝道師として招聘。

 

2012年6月

重村健太師、神学校を卒業後、伝道師として招聘。

 

2017年4月

「とわインターナショナルプレスクール」を開所。

 

2019年4月

青年担当伝道師であった鹿毛愛喜師を副牧師として招聘。松田綾乃師が青年担当インターン伝道師としての働きを開始。


2020年3月

牧師交代。副牧師であった鹿毛愛喜師を主任牧師として招聘。25年の牧会の働きを担われた鹿毛独歩牧師から鹿毛愛喜師が牧師職を引き継ぐ。


2020年4月

協力牧会体制の開始。伝道師であった重村健太師を教育牧師として招聘。牧師であった鹿毛独歩牧師を協力牧師として招聘。青年担当インターン伝道師であった松田綾乃師を学生担当伝道師として招聘。三人の牧師による協力牧会体制となる。

「とわインターナショナルチャーチスクール」を開校。